デジタル時代の情報淘汰術について

  • 2008/05/10(土) 17:20:22

■[コラム] グーグルに淘汰されない知的生産術
http://d.hatena.ne.jp/umedamochio/20080509/p1


気になった記事や論文を切り出して、ファイルに保存して……といった旧来の整理法はもはや無意味で、自己満足にしかなりません。これは紙によるアナログなものだけを言っているのではなく、デジタルのデータを自分のパソコンに保存するとしても同じことです。グーグルが全世界規模でブルドーザーのように情報整理を行っているので、印象に残った記事や論文全体を読みたいのなら、関連するキーワードを三つくらい入力してグーグルで検索すれば、すぐに呼び出せるようになります。


「あとで読む」+「GMail」を使えばそれなりに価値がある情報網を構築できると思うんだけどなあ。



あとで読むに関してはこちらが詳しい。

■待望の「あとで.cc」、速攻レビュー!
http://www.ideaxidea.com/archives/2006/04/cc.html

操作は簡単で、「あとで読む」ページをBookmarklet一発でキャプチャ、そのまま瞬速でメールしてくれる、という、それだけのウルトラシンプルサービスです。



ようは、今開いているページの魚拓をそのままメールに送ってくれるということだ。

これをGMailに送るようにすれば、いつでもキーワード検索ができる情報網の出来上がり。

あとで読む+という機能を使えば、自分でキーワードを挿入することができる。 キーワードはメールのタイトルに入ってくるから、キーワード検索をするときに「検索範囲:タイトルのみ」ってやつをすればいいだろうね。



これと似た方法には、Google Readerのノート機能がある。

Google Readerの説明は要らないだろう。 オンラインRSSリーダーだ。

これに最近、RSSエントリーに自分のメモをつける機能が登場。

記事を開いてからメモをくっつけるブックマークレットもあったはず。




いずれかの方法で、自分が価値があると認めた情報は片っ端から収集しておけばいい。

もちろん、RSSを読んでいくときは次の方法で大量処理していこうね。

これを行うには、リンクをスクロールのぐりぐりでクリックで「新規タブで開いておく」ようになってないといけないけど、これはFirefoxとかSafariは標準でできるからね。 スクロールウィールがない人はCtrl+クリックでいける。
新しいタブで開いても画面表示は切り替えないように設定しておきましょう。



まず、目を通すときに本文を見ておきたければ、それを「新規タブで開いておく」。 ブラウザがそれを読み込むけど、無視してRSSを漁る。

これを、RSSを消費するまで繰り返す。 迷ったら開いておく。

そうすると、ものすごい数のタブが溜まると思う。

それを、「Ctrl + W」で読んでいく。 これは大抵タブを閉じるショートカット。

もういい、と思ったらCtrl+W。

面白いと思ったら「あとで読む」。

いつか使えると思ったら「あとで読む」。

ケータイで読もうと思ったらあとで読むの姉妹サービス「あとで読も」。

これをずーっと繰り返す。

何を書いてあるかを確認してぽちぽちやっていけばいいからとても早く終わる。

これに慣れると、一時間で千ページくらい消化できるよ。


RAMをものすごく食うから、スペックは必要だけど。

自由への逃亡を

  • 2008/05/05(月) 02:00:25

JAPAiNと日本を酷評していた英エコノミストがまた日本へのアンチテーゼ。

今回は、自殺と社会の寛大さについて。

■Suicide in Japan "Death be not proud"
□日本での自殺 「尊からざる死であれ」
http://www.economist.com/world/asia/displaystory.cfm?story_id=11294805

第一〜第三落論旨
⇒近日、日本でガス自殺が頻発している。本人のみならず、周囲の者をも巻き込むこの自殺法に社会が動揺している。

日本は裕福な国家の中ではもっとも自殺率が高い。
その背景にあるのが文化的要因だ。 日本社会は、敗者が破産や失敗から立ち直ることに非寛容で、自殺はその運命から逃げずに受け入れる行為だとして肯定されることさえもある。 日本の宗教、すなわち仏教と神道は自殺に関しては口をつぐんでいる。

第四段落論旨
⇒さらに大きな要因が経済的苦境だ。1990年代の経済不振に伴って自殺率は激増し、今もそのままだ。 保険金目的で加入されるのを防ぐ為に、保険会社は保険金支払い義務を負うまで数年の空白期間を設けている。加入して数年立たないと、保険金は下りない。JRは施設内で自殺を図ったもに対しては損害賠償を行うとしている。

第五段落論旨
⇒昨年政府はカウンセリングや相談ホットラインを設け、自殺率を20%引き下げることを狙った。 しかし本当に必要なのは社会が態度を変えることだ。 失敗を許容し、第二のチャンスを与えるような社会になれば、自殺率は下がるだろう。





さて、どこから入ろうか。


僕が日本の社会を見た!なんていうのは愚の骨頂だろう。 アカデミアのご加護の元ぬくぬくと育ったことになっているから。

でもさ、なんかわかる気がするよ。  帰国子女・存在価値・社会容認的な内容でいっぱい悩んで、一時期、 したためるまで行ったさ。 この前、復旧できないように削除したけどね。

日本人は「フツー」がスキだけど、そのフツーから外れた人だって結構いるんだよね。 その人は大抵声を奪われる。

うつになったり・・・すべてが怖くなったり。ギセイケンボウって認知されてないよな。 主張なんてできないさ。

だから社会はぬくぬくとしてるんだ。 日本は安全だなんて、幻想だよ・・・

といいつつも僕はいまは声なき声を無視する側なんだけど。日本(の上澄み)は居心地がいいよ。



プレッシャーに耐えればそれだけ成長できる。 それはそうだ。 でもさ、プレッシャーに 耐 え 切 れ な か っ た ら どうなるか、考慮してないよね。 バイアスだよ。

教育者としては、上を育てる方針でいいとは思うけどね。 声無き層を無視してるんだって事は認知されてもいい気がする。

同じく上を育てるアメリカは、見切りをつけるのも早いよ。 あきらめない日本と比べてどちらがいいかというのは意見が分かれるだろうね。

でも自殺率の数字をみると、アメリカに花を上げたくなるね。 人・・・死んだほうがいい人なんていないよ。口では死ねばいいのにと言うのは、死んでほしくないことが当たり前の前提になっているから・・・って言い分けさせてくださいな。

正義の反対はまた別の正義。 僕らが集う木の対岸には別の木が育ってるんだよね。
どっちが高いか?そりゃ、近くの木が高く見えるよ。 遠くの木は低く見えるよ。
実際に計測できるのは神だけだ。 でもその神は死んだんだよ、ニーチェの時代に。


ちょっと話がそれたけど。

たしかに、

安易に敗者を救済するのは誰の為にもならないとは思うよ。

つり方を教えるにはプレッシャーを与えないことには始まらないからね。

このあたりの調節が難しいんだよね。



・・・「逃げるな」って日本人スキだよね。僕も、何度も言われた。 転校したい、寮を出たい! って何度言ったことか。 その都度言われたよ。 反論できなかった。

日本で90年代にヒットしたアニメ・エヴァもそうだね。「逃げちゃダメだ!逃げちゃダメだ!逃げちゃダメだ!」って。 

自分はいろいろあって残ったけど・・・今の僕を失敗作とみなさないのなら、逃げてもいいと思うよ。

僕は見えないように逃げてたから。 結局それでギリギリのところまでいったけど崖からは落ちなかったよ。

ライ麦畑で捕まえてくれたよ。
過去と未来の自分にね。

でも、逃げてなかったらどうなってたんだろう。

逃げちゃだめだ精神論は、まあ個人的なことだけど、賛同には慎重にならざるを得ないね。

成長の機会はいつだってあるさ。 逃げて、余裕が出たら振り返って気づく。 成長する。 それじゃ上の人は不"満足"かな?



だから、あえて言ってみると、

迷ったら逃げよう。

人間はチャレンジしなかったことを一番強く後悔するけど、もし失敗したら後悔するはずの自我は、どうにかなってるよ。 後悔したら、二番手の成功を手にしたって事だよ。

大抵の伝承は、成功者の声がフィードバックされてるだけなんだって。

この人もいってるし。 技術者では日本でかなり有名な人だ。

■逃げ上手は生き上手
http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/51031057.html
⇒つらい現実に対して我々が出来ることは、三つしかない。
  →現実を変える
  →自分を変える
  →逃げる

⇒強者とか言われている人は、例外なくこのことを体で知っている。彼らは強いのではない。自らの弱さを熟知しているだけなのだ。

⇒なのに面白いことに、弱者と呼ばれる人ほど、その逆を試しては、うまく行かないことを嘆いているように見受けられる。これは日本だけの現象ではない。誰かが現実を変えてくれることを待ちぼうけ、誰かが自分を変えてくれると思って騙され、そしていつまでもそこにいる。

⇒まずは、逃げてはいかがだろう。

⇒もちろん、これとて言うほど楽ではない。(中略)逃げた先は、世界中から「逃亡者」を集めていたところでもあった。

⇒まずは逃げろ。追っ手の手の届かぬところまで。

そして自分を変えろ。強くたくましく。 順番を違えてはならない。つらい現実にいても、それに耐えているだけで自分を変える余裕はなくなる。そうしているうちに、逃げる余力さえなくなってしまう。 かっこ悪くてもいい。卑怯者でもいい。

まずは、逃げろ。




・・・・・・

僕がやってるのも、それだね。

日本とは結局適当な距離に落ち着いただけでしかない。 それは、一日中誰とも話さないっていう結構な孤独。 自習してるからそれが必然だけど。 さあ、留学生よ、音無き手のなるほうへ。

僕は結局、逃げた。 逃げ切った。 逃げてないフリをして、ちょっとハッタリかけて逃げ切った。 劇場を用意して、遊んでもらいました。 セッティングも骨が折れたけどさ。

・・・でもこれが正攻法だと思うよ。

他人の意見。 耳を傾けたフリして傾けていません。  黙ってくれないから、そうしただけです。

口では讃えますよ。あのときのアドバイスがなければ、僕はいませんでした、とか。 日本語基礎例文集にも乗るだろうね。 

でもまあ、皆がいてこその自分です!ってのは、上手な花のダンピングだと思うよ。 個の存在価値を集団に求める日本の典型的な相互依存関係だ、とは言っておこうか。 ゲイだよそんなの・・・





・・・日本の教師はもう黙ってくれてていいです、というスタンスを貫きますよ。今までは正しかった。

言いたいことがあったら、RSS配信でお願いしますね。 

かくして僕は逃げ切りました。また接近するまでのその間に、日本の文化・空気を論破する言葉を蓄えます。

日本の文化を超える文化を造りたいですね。 創価とかの話になるわけでは断じてないですよ。

一度は拒絶された文化を鼻で笑ってみたいですね。
ひがんでいる/恨んでいるわけではなく、飛び越える壁としてです。 フェアプレイは貫きます。

経験を積みます。 受験という精練の場は非常にそれに適している。

まあ、大きくなって帰ってきますよ。 どこかで干上がらない限りはね。

逆説的ラブコール

  • 2008/05/02(金) 03:14:10

■日本で聖火リレーが行われた日、中国人の友達とチベット問題についてやり合ってしまった。
http://anond.hatelabo.jp/20080428201117

やっちまった。日本で聖火リレーが行われた日、中国人の友達とチベット問題についてやり合ってしまった。
本音を言えば、彼女とはチベット問題について語りたくなかった。「中国を悪く言う人は誰であれ許さない」っていうくらい、愛国心の強い人だって分かっていたから。

彼女は25歳、中国で二番目に良い大学を卒業し、ケンブリッジ大学の修士を終えた、言ってみれば秀才だ。
..........

かくいう僕も、中国人/香港人の友達を多く持っていて、メッセにもFaceBookにも盛りだくさん。

僕も・・・この距離感のジレンマには苦い思いをさせられている。

一応、香港では言動の自由がある。 特別特区だったことあるね。 他人事で悪いけど、イギリスありがとう。

だけど・・・彼らがどんな教育を受けてきたのか、僕は知らない・・・現地校の人も多くいる。 ずっとインターナショナルスクールの人もいる。

どちらにしろ、相手の国を非難するのはちょっと避けたかった。 空気が悪くなったら困るし、韓国と中国の人はそれでキレだすのを知ってたから。

メッセで話してみるも、なんか・・・・ぎこちない。  いや、ぎこちないと思っているのは僕の方だけなのかもしれない。

聞いてみたくてたまらない。 
「どう思う? 中国の検閲で、人民全員が中国のスポークスマンになっているんだと思うんだ・・・ 欧米側の意見だけしか聞けないのはちょっと不安なんだけど・・・」
なんていっても、相手がスポークスマンだったら万事休す。 相手が赤旗の申し子であることを責められるような僕ではない。 憐み、といったら差別的だろうか。

ということで、言動の不自由はその国民だけに留まらない。 周りだって迷惑なのだ! ということを、中国が絶対見ていないミクシィで叫んでみようと思う。

中国政府よ、友達との楽しいひと時を返せっ! ちなみに韓国も、返せっ!

中華思想と、露骨な洗脳教育が終わらない限り、中国本国の人には有効票を与えることはできないだろう・・・・

そういう意味では、僕が

「日本のここが嫌なんだ!」

と言っても、早朝に黒服の男たちにドアを蹴破られて投獄されないこの国は住み心地がいいね。 なんだかんだいって、FREE TIBETのデモも抑圧されない。

最近はなんか、学校でいた頃よりも日本が近い感じ。

言いたいこと言えたから、その分タテマエが減ったんだろう。 リアルでは相変わらずタテマエなんだけど。

日本に帰ってきた最初、日本の気に食わないところは気にしないようにしよう、と目をつむると、無意識/潜在意識の猛烈な反対にあってくらくらした^^;。 ストレスでやっていけなかった。

かといって、毒を吐ける環境ではなかった。 すでに、空気を読まないように教育されていた僕の周りは四面楚歌だった。 あの時のことはごめんなさいです。>西大和の方

いろいろあったけど、日本はけっこう、住み心地がいい。 まさか、僕がこの言葉を口にするとは(笑)。

それでもやっぱり、日本の政治やら教育やらテクノロジーは気になるんで叩くべきところは叩き続けますが。

言動の自由はあってしかるべきだね。

キライだというなのラブコールもあっていいんじゃないかな。

僕みたいに?

自省 * Damn I was wrong. Lucky I realized.

  • 2008/04/09(水) 03:06:41

■不運と理不尽に襲われたとき、うまく切り抜ける人と、逃げ切れずに酷い目に会う人の違い
http://d.hatena.ne.jp/fromdusktildawn/20080409

・・・でナイスなことを書いてた。  当たり前のことなんだけど、うっかり忘れるところだった。

→「不運と理不尽が襲ってきたときに、上手く対処できる人の多くは、不運と理不尽を食らい慣れている。」


僕が最初に直面したメジャーな理不尽は、香港と日本で正反対のことを教えられたりして混乱したことだったかな・・・。 懐かしい思い出だ。おっくせ(ry

親の性格も、それまで運が良かったのもあるんだろうけど、それまでは首尾一貫した社会の中を生きていればよかったから、適応に苦労しないのもある意味当然だった。  環境/社会に手のひら返されてはじめて器量ってのが出てくるものなのかもしれない・・・

2回日本から脱出しようとして、結局日本の精神論を論破できず残ることになったのだけど、それでよかったのか燻っていたのがすっきりした。

環境の理不尽に一応は耐えられたんだから、日本に残ってよかった。 学校の好き嫌いは別問題だけど、結果としては良かったと思う。 悪くいってたらどうのというのは意味がない。

当たり前のことだ^^;

→「世の中で正しいことを実現していくには、世の中が正しいことを前提として行動してはいけないのである。」

→「前提とされるべき社会正義などアテにせず、パワーゲームにはパワーゲームで対抗し、自力で社会正義を実現しようとする。」

→「ウィンプは不運や理不尽に襲われると、自分が悪くなかったこと、相手が悪かったことを証明して、だから私には責任がないという。 そして、それは道徳的にも社会的にも正しいことも多い。」


親の仕事の都合で、個としての根幹を揺るがされたカルチャーショックと、人生の一部を賭けた受験がセットになって立ちはだかった不運を嘆くのは簡単だ。 簡単だった^^;。 

いかに辛いかを書き立てれば、周りの同情を幾分かは集めることはできるし、それで結果的に失敗しても、診療所の診断書を掲げれば全てチャラにできてしまうか、他人は批判を止める。

が、実際自分の正義を完膚なきまでに貫いたかというとそうでもない。結構後になって正当化してるところもある。

実際に社会に放り出される前にこういう経験しておいて良かった。

帰国子女のケアという面では改善の余地ありまくりの西大和だけど、あえてしないというそのスタンスはやはり頷ける。 それでも中指を立ててしまうのは僕がまだまだだからか、違うのか・・・・^^;


昼にこのポスト、一日数学と生物と倫理と一緒に頭の中で反芻してると、それが当たり前になって日記に書くときに改めて書くようなことでもなくなっちゃったけど、方向修正という意味で一応書いておこうと思った。


通して感じたのが、やはり批判されないと僕はソフィストみたいに自分に都合のいいことしか見ないようになってしまうということだ。 他人は自分の鏡なり。

・・・・という意味では、予備校でも日本の方々と交わる努力をしたほうが良いんだろうな。   まあ、ダメ元でやってみるか。

このブログでいうマッチョとやらになる為にはそれも必要なのかもね・・・

ニックネームと空気

  • 2008/03/24(月) 02:58:09

日本ってニックネームを決めるのは他人なんですよね・・・・
英語圏では自分から名乗るのが普通なので対照的です。

最初は、ムラ意識というか、非自己・空気の間接支配というか、所属の必然化というか、とりあえず日本に引いたのを覚えてます。

まあ、ここでやってく上でのタックスだということで落ち着いたけど、そこらへんの欧米化って期待できそうにないですね・・

電車でどっかの高校生が話してるのを聞いてそう思いました。